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東京地方裁判所 昭和34年(行)124号 判決 1960年3月10日

原告 緑屋商事株式会社破産管財人 若林清

被告 国

訴訟代理人 森川憲明 外四名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人の主張する請求の趣旨及び請求の原因、被告の主張に対する反対主張は別紙書面のとおりである。なお被告主張の訴外会社の業務内容の点は認めると述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実について原告主張の各告知処分が違法であり無効であるとの点原告主張の株主優待金が所得税法にいう利益の配当に当らないとの点を否認する外原告主張の事実関係は全部これを認めると述べ被告の反対主張として別紙書面のとおり陳述した。

理由

訴外神田税務署長が訴外緑屋商事株式会社に対して原告主張のとおりの各告知処分をなしたこと、右訴外会社の業務内容が原告及び被告主張のとおりであること(但し優待金支払の行われ初めた時を除く)は当事者間に争ない。

よつて本件の争点の中心は右訴外会社の株主に支払つた優待金が所得税法にいう配当所得として源泉徴収所得税の対象となるかどうかにある。

本件株主優待金が被告主張のように利益の配当と見るべきかどうかについては法律上疑義の存するところであり、原告主張のように利益の配当と解すべきではないとも云える。

しかしながら仮に利益の配当でないと解すべきであるとしても被告の右誤りは明白なものとはいえず之を利益の配当と見て課税した本件各告知処分が当然無効と解するのは妥当でない。何となれば本件優待金が利益の配当に当るかどうかは主として法律解釈の問題であるけれども右解釈をなすに当つては優待金の性質、例えばいかなる株主に、いかなる条件で交付されるか等の解釈の前提となる事実関係の確定が必要でありその事実関係の如何によつて解釈を異にし得る余地があり、右解釈の誤りを明白なものとは謂えないと考える。

よつて原告の本件各告知処分の無効確認を求める部分はこの点で失当というべきである。

原告は優待金の支払は昭和二七年四月から行われているのにそれを看過して遡つて納期を同年一月、二月、三月としてなした告知処分は無効であると主張するけれども仮りにそれが真実であるとしても右の如き誤りはこれ亦明白なものとはいえないと解するので右各告知処分も亦当然無効というべきではなく、原告の右主張も理由ない。

次に不当利得としての金銭支払の請求について判断するに本件各告知処分が当然無効といえない以上右各告知処分の取消のない限りこれに従つて納付された金銭は被告がこれを法律上の原因なく不当に利得したとはいえないから原告の右主張も亦理由ないこと明かである。

よつて原告の本訴請求はいずれも理由なく、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)

(別紙)

請求の趣旨

一、神田税務署長が緑屋商事株式会社に対してなした源泉徴収所得税に関する別紙目録(一)記載の各告知処分は無効なることを確認する。

二、被告は原告に対し金六四二、九七九円及びこれに対する昭和三四年一〇月一〇日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求める。

請求の原因

(一) 緑屋商事株式会社(以下緑屋商事と略称)は、昭和二十六年九月四日金銭の貸付、融資の斡旋等を目的として設立され、昭和二十七年四月頃からいわゆる株主相互金融を営んでいたものであるが、昭和三十一年九月十二日東京地方裁判所に於て破産の宣告を受け原告がその破産管財人に選任された。

(二) 神田税務署長は緑屋商事がその株主に対して支払う株主優待金は所得税法第九条一項二号所定の「利益の配当」に該当するから同社は同法第三十七条により源泉徴収の義務を負うとの見解の下に、同社に対し別紙目録(一)記載の如く株主優待金について源泉徴収所得税の本税、加算税及びこれらに対する利子税、延滞加算税を各納付すべき旨の告知処分をなした。

(三) 然し右告知処分は以下の理由により無効である。

即ち

(1) 租税法律主義の原則よりして、税法上の用語は明文の規定又は他に特別の理由のない以上、一般に他の法規に用いられると同一の意味に解釈すべきであつてみだりに拡張ないし類推解釈をすることは許されないものである。そして右明文の規定もなく又特別の理由も認められない所得税法第九条第一項二号所定の「利益の配当」とは、商法第二百九十条一項所定の「利益の配当」を指称しそれ以外の意味を有しないものと解すべきである。

(2) そして緑属商事が営んでいた株主相互金融の内容は大略次のとおりである。先ず会社は融資々金獲得のため増資を行い、増資新株はひとまず会社役員をしてその全部を引受けさせ、然る後会社は右株式を日掛又は月掛払いで広く大衆に譲渡の斡旋を行い、右株式譲受代金の払い込みを終つた株主に限つて一定額の融資をするが、融資を希望しない株主に対してはその所有株式金額の一定率にあたる金員を株主優待金として支払うと云うものであつて、右株主優待金は会社利益の有無に係りなく又株主総会の決議を経ることなくして当然に支払うと云う約定のものであつたから、商法に規定する「利益の配当」とは全くその性質を異にするものである。

(3) 右(1)、(2)よりすれば、緑屋商事がその株主に対し支払う株主優待金が所得税法第九条一項二号所定の「利益の配当」に該当せず、従つて同社が同法第三十七条所定の源泉徴収義務を負つていないこと明らかであるから、神田税務署長が緑屋商事に対しなした別紙目録(一)記載の本件告知処分は明白且つ重大な誤りを犯してなされたものであり当然無効である。

(四) 而して緑屋商事は別紙目録(二)記載の如く右告知処分に基き株主優待金に対する源泉徴収課税金として既に金六四二、九七九円の納税を済ませている。

然し緑屋商事が右源泉徴収の義務を負つておらず右告知処分が無効なることは前記(三)に於て述べたとおりであるから、右金六四二、九七九円の納税は法律上の原因なくして行なわれたものであり、被告が不当に同額の利得をしたこと明らかであるから、被告は原告に対し右金員及びこれに対する本訴状送達のよく日である昭和三四年一〇月一日より完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による損害金を支払う義務がある。

(五) よつて原告は請求の趣旨同旨の判決を求めるため本訴に及んだ。

(別紙)

被告の主張

一、緑屋商事株式会社の行つていた、いわゆる株主相互金融の事業内容

緑屋商事株式会社(以下緑屋商事という)が行つていた、いわゆる株主相互金融の営業内容は、おおむね原告主張のとおりであるが、なお詳述すれば次のとおりである。

(一) 株主の募集

会社は、増資によつて株式を発行し、増資新株は、一旦会社役員に一手に引受けさせ、一方株主相互金融方式により融資を得、または利殖を図ろうとする株式譲受希望者を募集し、その者に会社役員の引受けた株式の譲渡を斡旋して、譲受希望者に譲渡する。

(二) 株式譲渡代金の支払方法

株式譲受希望者の株式譲受代金の支払方法としては、一時払の外、日賦・月賦による支払を認めていたが、この場合、直接譲受人から譲渡人である会社役員に分割払させることの煩を避けるため、ひとまず譲渡人に対し、会社が株式代金の全額を立替払し、譲受人は立替人たる会社に対し割賦支払を行う仕組になつていた。

(三) 株主に対する融資

株式譲受人は、株式代金を完済することによつて、会社から一定額の融資を受けることができる。

(四) 株主優待金の支払

株式譲受人で、融資を受けない者に対しては、株式代金の支払が完了した後、例えば一時払によつて二〇株の株式を譲受けた者に対しては、払込後六ケ月経過することによつて一、八〇〇円の株主優待金を交付する等株主優待金名義で一定の金銭を支払う。

二、本件課税処分が無効でない理由

神田税務署長は、前述の株主相互金融方式によつて株主に支払われた株主優待金が所得税法九条一項二号にいう「法人から受ける利益の配当」に当ると解した上、本件課税処分を行つたのであるが、その処分が有効であることは以下述べるとおりである。

(一) 所得税法九条一項二号にいう利益の配当とは、ひとり商法所定の要件を充たした利益の配当だけをいうのではなく、広く経済上会社の利益配当と同視すべきものを一切含むのであつて、会社が正式の減資手続によつてした資本の払戻以外の方法で、株主に対し会社の財産を無償で譲渡する場合をすべて指称するものと解すべきであるから、株主の得たものが実質上会社の利益に当るか否か、配当を行うに当つて株主総会の決議を経ているか否かは、税法上の利益配当であるか否かを決する上において関係ないものというべきである。しかるところ、緑屋商事が株主に支払つた株主優待金は、減資による資本の払戻ではないから、右税務署長がこれを所得税法九条一項二号にいう利益の配当であるとして本件課税処分をしたことには何等違法の点はなく、もとより無効ということはできない。

(二) かりに原告主張のように、所得税法上の利益の配当は商法所定の利益の配当を指称すると解すべきものとしても、税法上の利益配当の意義は、しかく明確ではなく、これを前述(一)のように解し得る余地も多分にあるし、また、株主優待金が商法の定める利益配当の要件を充たすか否かは、事実関係を詳査することによつてはじめて判明する事柄であつて、要するに株主優待金が所得税法上の利益配当に当るか否かは、外観上何人もが容易に認識判断できることではないから、株主優待金を所得税法上の利益配当であると解釈した瑕疵は、未だ客観的に明白な瑕疵であるということはできない。ところで、行政処分が無効である場合とは、その処分が違法であるばかりでなく、さらに、その処分に重大かつ外観上明白な瑕疵がある場合をいうのであるから、本件課税処分が無効でないことは極めて明らかである。

三、本件課税処分により納付された金員が不当利得であるとの原告主張について

原告は、本件課税処分により緑屋商事が納付した金銭は、被告において不当利得したものであると主張しているが、本件課税処分が無効でないことは前述したとおりであるし、また、その処分に対する取消訴訟の出訴期間も徒過していて、もはやその処分が取消される余地はなくなつているから、被告が法律上の原因なくして財産上の利益を得ていることにはならない。したがつて原告の右主張も理由がない。

(別紙)

被告の反対主張について

(一) 凡そ、憲法を頂点とする同一法体系下において同一用語は同一意味に解すべく、また租税法律主義に則つて国民に租税の義務を課する以上当該課税法規の条項の解釈はこれを厳格になすべきであつて、被告主張のように、所得税法九条一項二号の「利益の配当」は商法所定の利益配当のほか、経済上これと同視すべき一切のものを含むとして、恣意的にこれを拡張ないし類推して解釈すべきではない。

(二) 緑屋商事においては本件各株主優待金支払の期間を通じ会社経理の状況が欠損金の計上続きであり、また右の株主優待金支払に関しては一回も株主総会の決議を経たことがなかつた。従つて、右利益の有無並びに株主総会決議の有無に拘らず一定の株主に対し支払われた緑屋商事の株主優待金は、凡そ商法二百九十条一項所定の「利益の配当」とは全く異質のものであつた(しかも、右の経理状況及び株主総会決議の有無は、当時における緑屋商事の関係者ないし関係帳簿書類等によつて何人においてもたやすく確認さるべき事項であつた)。

従つて、右緑屋商事の株主優待金を会社の「利益の配当」に当るとしてなした本件課税処分は、重大且つ明白な誤認にもとづくものである。

(三) 緑屋商事の株主優待金制度は昭和二十七年四月より発足している。右事実を看過し右以前に遡つて課した本件左記課税処分は、また右の意味においても重大明白な誤認あり無効のものである。

納税告知年月日

納期

本税額

加算税額

利子税額

延滞加算税額

二八、八、一五

二七、一

一三、五七五円

三、二五〇円

三、二二〇円

六五〇円

二七、二

三二、七二三円

八、〇〇〇円

七、五七〇円

一、六〇〇円

二七、三

三四、二七一円

八、五〇〇円

八、〇五〇円

一、七〇〇円

八〇、五六九円

一九、七五〇円

一八、八四〇円

三、九五〇円

合計

一二三、一〇九円

以上

(目録省略)

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